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漱石・読んだふり 『野分』 十一

漱石
10 /30 2021
漱石・読んだふり 『野分』 十一


登場人物(登場順)
・白井道也

・白井道也の妻

・高柳周作

・黒田東陽

・演説会の聴衆



ストーリー
・白井道也が兄から会いに来るようにとの手紙を受け取るが、返事だけ送る

・白井道也に妻が兄のところへ行くように説得するが、白井道也はそれを聞かずに演説会へ行く

・白井道也が演説会場で演説を行う(現在の人間の生きる意義、金持ちと文学者について)



歴史的事項・人物
・ゴシック
「十八世紀末のゴシック復活もまた大なる意味において父母のために存在したる小時期である。」

・スコット
「同時にスコット一派の浪漫派を生まんがために存在した時期である。」

・エリザベス朝、イプセン、メレジス、ニイチェ、ブラウニング
「自己を樹立せんがために存在したる時期の好例はエリザベス朝の文学である。個人について云えばイブセンである。メレジスである。ニイチェである。ブラウニングである。」

・孔子
「儒者は孔子のために生きている。」

・沙翁、ゲーテ
「明治も四十年になる、まだ沙翁が出ない、まだゲーテが出ない。」

・伊藤侯、山県侯、渋沢男、岩崎男
「政治に伊藤侯や山県侯を顧みる時代ではない。実業に渋沢男や岩崎男を顧みる時代ではない。」

・紅葉氏、一葉氏
「文学に紅葉氏一葉氏を顧みる時代ではない。」



語句
・一弾指:指を一度はじくこと。転じて、一度指をはじくほどのきわめて短い時間。瞬間。仏語。

・拱手(きょうしゅ):腕組みすること。 転じて、何もせずにいること。 手を下さないこと。

・容喙(ようかい):横から口出しをすること。差し出口。



繰り返す表現
・「政治家は一大事業をしたつもりでいる。学者も一大事業をしたつもりでいる。実業家も軍人もみんな一大事業をしたつもりでいる。したつもりでいるがそれは自分のつもりである。明治四十年の天地に首を突き込んでいるから、したつもりになるのである。」



演説に見る白井道也の哲学
・「われは父母のために存在するか、われは子のために存在するか、あるいはわれそのものを樹立せんがために存在するか、吾人生存の意義はこの三者の一を離るる事が出来んのである」

・「吾人は過去を有もたぬ開化のうちに生息している。したがって吾人は過去を伝うべきために生れたのではない。――時は昼夜を舎すてず流れる。過去のない時代はない。――諸君誤解してはなりません。吾人は無論過去を有している。しかしその過去は老耄した過去か、幼稚な過去である。則とるに足るべき過去は何にもない。明治の四十年は先例のない四十年である」

・「先例のない社会に生れたものは、自から先例を作らねばならぬ。束縛のない自由を享けるものは、すでに自由のために束縛されている。この自由をいかに使いこなすかは諸君の権利であると同時に大なる責任である。諸君。偉大なる理想を有せざる人の自由は堕落であります」

・「初期はもっとも不秩序の時代である。偶然の跋扈する時代である。僥倖の勢いを得る時代である。初期の時代において名を揚げたるもの、家を起したるもの、財を積みたるもの、事業をなしたるものは必ずしも自己の力量に由って成功したとは云われぬ。自己の力量によらずして成功するは士のもっとも恥辱とするところである。中期のものはこの点において遥に初期の人々よりも幸福である。事を成すのが困難であるから幸福である。困難にもかかわらず僥倖が少ないから幸福である。困難にもかかわらず力量しだいで思うところへ行けるほどの余裕があり、発展の道があるから幸福である。」

・「家に在っては父母を軽蔑し、学校に在っては教師を軽蔑し、社会に出でては紳士を軽蔑している。これらを軽蔑し得るのは見識である。しかしこれらを軽蔑し得るためには自己により大なる理想がなくてはならん。自己に何らの理想なくして他を軽蔑するのは堕落である。現代の青年は滔々として日に堕落しつつある」

・「西洋の理想に圧倒せられて眼がくらむ日本人はある程度において皆奴隷である。奴隷をもって甘んずるのみならず、争って奴隷たらんとするものに何らの理想が脳裏に醗酵し得る道理があろう。諸君。理想は諸君の内部から湧き出なければならぬ。諸君の学問見識が諸君の血となり肉となりついに諸君の魂となった時に諸君の理想は出来上るのである。」

・「拱手して成功を冀う輩は、行くべき道に躓いて非業に死したる失敗の児よりも、人間の価値は遥かに乏しいのである。」

・「一般の世人は労力と金の関係について大なる誤謬を有している。彼らは相応の学問をすれば相応の金がとれる見込のあるものだと思う。そんな条理は成立する訳がない。学問は金に遠ざかる器械である。金がほしければ金を目的にする実業家とか商買人になるがいい。学者と町人とはまるで別途の人間であって、学者が金を予期して学問をするのは、町人が学問を目的にして丁稚に住み込むようなものである」

・「金で相場のきまった男は金以外に融通は利かぬはずである。金はある意味において貴重かも知れぬ。彼らはこの貴重なものを擁しているから世の尊敬を受ける。よろしい。そこまでは誰も異存はない。しかし金以外の領分において彼らは幅を利かし得る人間ではない、金以外の標準をもって社会上の地位を得る人の仲間入は出来ない。もしそれが出来ると云えば学者も金持ちの領分へ乗り込んで金銭本位の区域内で威張っても好い訳になる。彼らはそうはさせぬ。しかし自分だけは自分の領分内におとなしくしている事を忘れて他の領分までのさばり出ようとする。それが物のわからない、好い証拠である」

・「金のあるものが高尚な労力をしたとは限らない。換言すれば金があるから人間が高尚だとは云えない。金を目安めやすにして人物の価値をきめる訳には行かない」



参考図書
『漱石全集』第四巻 岩波書店 1978年


日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社
デジタル大辞泉 小学館
ブリタニカ国際大百科事典 ブリタニカ・ジャパン


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