漱石・読んだふり 『吾輩は猫である』 各論⑪ 十一
時期
明治38年
秋の一日
登場人物(登場順)
・吾輩
・迷亭
・独仙
・主人(苦沙味)
・寒月
・東風
・細君
・多々良三平
ストーリー
・主人の家に、迷亭・寒月・東風・独仙がいる状景。
・床の間の前で迷亭と独仙が碁
・座敷の入り口で主人、寒月、東風が話をする。
・鰹節を鼠が嚙ったこと
・寒月がヴァイオリンを習い出した顚末
・寒月が既に結婚した話
・迷亭と独仙が話に加わる
・今の人の自覚心についての議論
・将来は自殺で死ぬのが当たり前になるという議論
・迷亭の結婚不可能論
・主人が女性の悪口を取り上げた本を紹介する
・多々良三平が主人宅を訪れ、金田の娘と結婚することを報告
・吾輩、皆の残したビールを飲み、酔っ払って甕の中に落ちる
言及される歴史上の人物・事項
・『列仙伝』
「宛然たる『列仙伝』中の人物だね」p434
・『楚辞』
「惸独(けいどく)にして不群なりと『楚辞』にあるが寒月君は全く明治の屈原だよ」p445
・ウェルテル
「それじゃ今世紀のウェルテルさ。」p445
・子規
「僕の俳句における造詣といったら、故子規子も舌を捲いて驚ろいた位のものさ」p464
・小督(こごう)の局
「論より証拠音が出るんだから、小督の局も全くこれでしくじったんだからね。p466
・サンドラ・ベロ二
「僕は男子のサンドラ・ベロ二が東方君子の邦に出現するところかと思って、今が今まで真面目に拝聴していたんだよ」p476
・『万朝』
「現に『万朝』なぞでは花聟花嫁という表題で両君の写真を紙上に掲ぐるの営はいつだろう、いつだろうって、うるさく僕の所へ聞きにくる位だ。」p478
・ヘンレー、スチーヴンソン
「ヘンレーという人がスチーヴンソンを評して彼は鏡のかかった部屋に入って、鏡の前を通るごとに自己の影を写して見なければ気が済まぬほど瞬時も自己を忘るる事の出来ない人だと評したのは、よく今日の趨勢を言いあらわしている。」p482
・カーライル
「カーライルが始めて女皇に謁した時、宮廷の礼に嫻(なら)わぬ変物の事だから、先生突然どうですといいながら、どさりと椅子へ腰を卸した。」p484
・ベーコン
「ベーコンの言葉に自然の力に従って始めて自然に勝つとあるが、今の喧嘩は正にベーコンの格言通りに出来上ってるから不思議だ。」p485
・アーサー・ジョーンズ
「アーサー・ジョーンズという人のかいた脚本のなかにしきりに自殺を主張する哲学者があって……」p488
・元信
「それから僕と客の間に二、三の問答があって、とど僕が狩野法眼元信の幅を六百円但し月賦十円払込の事で売渡す」p492
・メレジス、ジェームス
「現今英国の小説家中で尤も個性のいちじるしい作品にあらわれた、メレジスを見給え、ジェームスを見給え。」p499
・ニーチェ
「ニーチェが超人なんか担ぎ出すのも全くこの窮屈のやり所がなくなって仕方なしにあんな哲学に変形したものだね。」p500
・ホーマー、『チェヴィ・チェーズ』
「だからホーマーでも『チェヴィ・チェーズ』でも同じく超人的な性格を写しても感じがまるで違うからね。」p500
・孔子
「昔は孔子がたった一人だったから、孔子も幅を利かしたのだが、今は孔子が幾人もいる。」p500
・タマス・ナッシ
「タマス・ナッシといって十六世紀の著書だ」p501
・アリストートル
「アリストートル曰く女はどうせ碌でなしなれば、嫁をとるなら、大きな嫁より小さな嫁をとるべし。」p502
・ダイオジニス
「次にはダイオジニスが出ている。」p502
・ピサゴラス
「ピサゴラス曰く天下に三の恐るべきものあり曰く火、曰く水、曰く女」p502
・ソクラチス
「ソクラチスは婦女子を御するは人間の最大難事といえり。」p503
・デモスセニス
「デモスセニス曰く人もしその敵を苦しめんとせば、わが女を敵に与うるより策の得たるはあらず。」p503
・セネカ、マーカス・オーレリアス、プロータス
「セネカは婦女と無学を以て世界における二大厄とし、マーカス・オーレリアスは女子は制御しがたき点において船舶に似たりといい、プロータスは女子が綺羅を飾るの性癖を以てその天稟の醜を蔽うの陋策に本づくものとせり。」p503
・ヴァレリアス
「ヴァレリアスかつて書をその友某におくって告げて曰く天下に何事も女子の忍んで為し得ざるもにあらず。」p503
・カーテル・ムル
「自分ではこれほどの見識家はまたとあるまいと思うていたが、先達てカーテル・ムルという見ず知らずの同族が突然大気燄を揚げたので、ちょっと吃驚した。」p511
語句・表現
・無絃の素琴:弦が張ってない琴。陶潜は琴ができなかったが、弦のない琴を持っていて、酒を飲むとその琴を撫したという、梁昭明太子の「陶靖節伝」などに見える故事による。自然の微妙な調べのたとえにも用いる。
・彘肩(ていけん):豚の子の肩肉
・薫風南より来って、殿閣微涼を生ず:唐の文宗皇帝が、「人は皆炎熱えんねつに苦しむ 我は夏日かじつの長き事を愛す」と起承の句を作ったのを受けて、柳公権が「薫風自南来 殿閣微涼を生ず」と続けたとされる詩の一節。大慧禅師がこの語を聞いて大悟したと言われている。
・一剣天に倚って寒し:楠正成が湊川で足利尊氏の大軍を迎えようとしたとき、禅院の僧に「人の生死の岐路に立った時はいかにしたらいいでしょうか」と尋ねた際の僧の返事「両頭倶(とも)に截断すれば、一剣天に倚つて寒し」の中の言葉。
「両頭(2つの価値観)をどちらも断ち切って、一剣(自分の気持ち)に従い進むことが、天に倚つて寒し(天の理に従う正しい道)である」の意。
・生死事大(しょうじじだい):生死を繰り返す六道輪廻を捨て去って悟りを開くには、人間として生きている今しかなく、今こそもっとも大事なときであるという意味。
・輸贏(しゅえい):勝ち負け。「輸」は負ける、「贏」は勝つ意。「 ゆえい」とも読む。
・行く春や重たき琵琶のだき心:蕪村の句。
・肝胆を砕く:懸命に物事を行う。心を尽くす。
・鋒鋩(ほうぼう):①.刃物のきっさき。ほこさき。 ②.相手を批判・攻撃する鋭い言辞・気性のたとえ。
・琳琅璆鏘(りんろうきゅうそう):琳琅は美しい玉の名、璆鏘は玉や金属が触れ合って美しく鳴り響くさま。
・露地の白牛(ろじのびゃくぎゅう):一切の煩悩を滅した清浄な心境。露地は禅語で「いっさいの煩悩からはなれた境地」、白牛は「一点の汚染もない清浄な牛」で、無垢なことをたとえる。「びゃくご」とも読む。
・大死一番:一度死んだつもりになって奮起すること。
・嫦娥:古代の伝説上の人物で、月に住む仙女。
・鴛鴦歌:夫婦仲睦まじいのを讃える歌。
・烏金:日歩で借りて、借りた翌日にすぐ返すという条件の高利の金。翌朝、烏が鳴くまでに返さなければならない金の意。
・父母未生以前:自分はもちろんのこと、父母もまだ生まれない前の意。
・下愚は移らず:上知と下愚とは移らず 『論語』陽貨にある言葉。最上の知者は悪い境遇にあっても堕落せず、最下の愚者は、どんなによい境遇にあっても向上しない。
・鴻溝(こうこう):大きなみぞ。転じて、大きな隔たり。
・卒塔婆小町:能楽作品。小野小町を主人公とする「小町物」の代表的作品。
・応無所住 而生其心(おうむしょじゅう にしょうごしん):「まさにじゅうするところなくして、しこうしてそのこころをしょうずべし」一切の固定的な立場や観念や思いなどを捨て去り、心に一切のこだわりがないようにせよという意。
・鉄牛面の鉄牛心、牛鉄面の牛鉄心:鉄でできた牛のように、テコでも動かない心。
・燕雀焉んぞ大鵬の志を知らんや:「燕雀(えんじゃく)安んぞ鴻鵠(こうこ)の志を知らんや」燕や雀のような小さな鳥には、大鵬のような大きな鳥の志すところは理解できない。小人物には大人物の考えや志がわからない、というたとえ。
・無何有郷:作為のない自然のままの世界。『荘子』逍遥遊篇にある理想郷。
読みづらい漢字
・岫(しゅう)
・冉冉(ぜんぜん)たる
・調戯(からか)う
・釜中(ふちゅう)の章魚(たこ)
・人迹(じんせき)
・紙鳶(たこ)
・斃(たお)す
今日にも通用する内容
・「人間とは強いて苦痛を求めるものであると一言に評してもよかろう。」p436
・「どうせ夫婦なんてものは闇の中で鉢合せをするようなものだ。」p479
・「今の人はどうしたら己れの利になるか、損になるかと寝ても醒めても考えつづけだから、勢探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。」p483
・「無教育の青年男女が一時の劣情に駆られて、漫(みだり)に合卺(ごうきん)の式を挙ぐるは悖徳(はいとく)没倫の甚しき所為である。」p498
面白い表現、言い換えを畳み込む表現
・「無絃の素琴を弾じさ」「無線の電信をかけかね」p434
・「「ずうずうしいぜ、おい」「Do you see the boy か」p437
・「烈しい秋の日が、六尺の障子へ一面にあたって、かんかんするには癇癪が起りました。上の方に細長い影がかたまって、時々秋風にゆすれるのが眼につきます」p452 この後同じ内容が4回繰り返される。
「全然」が否定語と呼応しない表現
・「「先生私はその説には全然反対です」」p498
参考図書
『漱石全集』第一巻、第二巻 岩波書店 1978年
『吾輩は猫である』 岩波文庫
『漱石大全』Kindle版 第3版 古典教養文庫
『カラー版新国語便覧』 第一学習者 1990年
『漱石とその時代』1~3 江藤淳 著 新潮選書
『決定版 夏目漱石』 江藤淳 著 新潮文庫
『夏目漱石を読む』 吉本隆明 著 ちくま文庫
『特講 漱石の美術世界』 古田亮 著 岩波現代全書
日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社
デジタル大辞泉 小学館
ブリタニカ国際大百科事典 ブリタニカ・ジャパン
本日もご訪問いただきありがとうございました。
備忘録・雑記ランキング