FC2ブログ

巡回健診診察マニュアル 72 お薬手帳でよく見る薬(配合剤(選択的DPP-4阻害剤・選択的SGLT2阻害剤))

医療
02 /29 2020
薬効分類名
糖尿病治療薬ー配合剤(選択的DPP-4阻害剤・選択的SGLT2阻害剤)ー


作用機序
・インクレチンを加水分解し不活性化する酵素DPP-4を阻害することで、血中の活性化インクレチン濃度を高める→グルコース依存的なインスリン分泌促進およびグルカゴン分泌抑制
・腎臓の近位尿細管でグルコースの再吸収を担っているSGLT2を選択的に阻害し、尿糖排泄を促進


用法
1日1回 朝食前または朝食後
第一選択薬とはしない


禁忌
重症ケトーシス、糖尿病性昏睡又は前昏睡、1型糖尿病、重症感染症、手術前後、重篤な外傷

妊婦
本剤を投与せず、インスリン製剤等を使用

授乳婦
投与しないことが望ましい:スージャヌ、カナリア
回避:トラディアンス


商品名(一般名)/製造会社
1. スージャヌ(シタグリプチン酸塩水和物・イプラグリフロジンL‐プロリン)/MSD=アステラス
半減期:シタグリプチン;10時間  イプラグリフロジン;13時間
代謝:シタグリプチン;主にCYP3A4  イプラグリフロジン;主にUGT2BT

2. カナリア(テネグリプチン臭化水素酸塩水和物・カナグリフロジン水和物)/田辺三菱=第一三共
半減期:テネグリプチン;22時間  カナグリフロジン;13時間
代謝:テネグリプチン;主にCYP3A4  カナグリフロジン;グルクロン酸縫合は主にUGT1A9  酸化代謝は主にCYP3A4

3. トラディアンス(リナグリプチン・エンパグリフロジン)/日本ベーリンガー
代謝:リナグリプチン;主にCYP3A4  エンバグリフロジン;一部UGT2B7  



参考書籍
治療薬ハンドブック2020 じほう



本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ラン
スポンサーサイト



各国個人的調査  コソボ共和国

国情報
02 /28 2020
コソボ共和国( 科索伏 )


0.国名・国旗
国名
ブルガリア語でクロウタドリ(ツグミ科の鳥)を意味する「コス」に由来し、「ツグミの野」の意味。

国旗
比率 2:3 2008年制定

青地に金で国の形を描き、その上に6つの白い星を並べる。

青は欧州連合の旗の色で欧州との協調を示す。

6つの星は国内6民族(アルバニア人、セルビア人、トルコ人、ゴラニ人、ロマ人、ボスニャク人)を象徴。


1.面積
10,908㎢ (岐阜県に相当)


2.人口・人口密度
180.5万人(2018年 世銀)

165.5人㎢


3.首都
プリシュティナ


4.言語
アルバニア語(アルバニア人)、セルビア語(セルビア人)等


5.宗教
イスラム教(主にアルバニア人)、セルビア正教(セルビア人)等


6.略史
13〜14世紀:中世セルビア王国及びセルビア正教会の中心地となる。
1389年:コソボの戦いでセルビアがオスマン・トルコに敗退。以後,イスラム教に改宗したアルバニア人がコソボに入植開始。
1913年:バルカン戦争でトルコに勝利したセルビアがコソボを奪回。
1918年:ユーゴスラビア王国の一部となる。
1941年:第二次世界大戦中、ドイツ・イタリア・ブルガリアに分割占領される。
1945年:ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(6共和国で構成)が建国。セルビア共和国の一部として「コソボ・メトヒヤ自治区」が設立。
1974年:ユーゴ憲法改正によりコソボは共和国に準じた大幅な自治権を獲得。
1990年:アルバニア系住民が「コソボ共和国」の樹立とセルビアからの独立を宣言。これに対しセルビアは自治州議会及び政府の機能を停止し直接統治を開始。アルバニア系住民は武装組織「コソボ解放軍」(KLA)を組織化し、武力闘争開始。
1999年:セルビアがKLA掃討作戦を強化し、数十万のアルバニア系住民がコソボから流出し難民化(コソボ紛争)。
2002年:国連(UNMIK)による「地位の前に水準」政策開始。コソボの地位確定交渉を開始する前提としてコソボによる8つの達成目標(統治機関の構築,法の支配,避難民帰還,地方分権化等)を設定。
2008年:コソボ議会が「コソボ共和国」の独立を宣言。



7.通貨
ユーロ


8.政治
共和制

元首:大統領 

議会:一院制


9.経済
サービス業、農業、工業(2017年 世銀)


10.世界遺産(1件)
文化遺産(1件)
・コソボの中世建造物群(2004、2006)
末期ビザンチン・ロマネスク建築を代表する修道院
http://whc.unesco.org/ja/list/724#top



11.その他
・日本人の柳沢寿男氏がコソボ・フィルハーモニーの常任指揮者を務める。

・コソボの独立を認めているのは2009年時点で101カ国。独立を承認していない国では、セルビア領土の一部(コソボ・メトヒヤ自治州)とみなされている。




参考サイト
外務省:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/kosovo/data.html#section1


参考書籍
『国旗・国歌の世界地図』21世紀研究会編 文春新書 2008年
『今がわかる時代がわかる 世界地図 2016年版』 成美堂出版
『世界遺産大事典』上・下 マイナビ出版 2016年
『なるほど知図帳世界 2017』 昭文社
日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社


本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ラ

著者自身による書中評 および 私のこの一文

書評
02 /27 2020
『先送りせずにすぐやる人に変わる方法』
佐々木 正悟 著  中経出版 2012年 電子書籍版

・「本書では、ついつい先送りしてしまうあなたのために、「先送り」とはどういうことか、その心理を分析し、「すぐやる人」になるための方法を55個ご用意しました。」3.2%

・「心の働きを分析し、気合いではなく、スムーズかつシステマティックに「すぐやる人」になれる方法を集めて、整理しました。本を読んだり、情報を仕入れたりすることにはたけているのに「動けない」ことがネックになっているあなたを変える一冊となれば、幸いです」3.7%

・「すぐやることは、大切ですから、本書で紹介してきた方法でクリアしてほしいと思います。ただ、つねに「すぐやる人」であらねばならない、という強迫観念に縛られなくてもいい、ということを最後にお伝えしたいと思います。」98.1%




・・・私のこの一文・・・
「目的を実現するためには、実行可能な作業にまで落とし込まないと、動けなくなります。」31.6%



本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ランキング

私家版西洋哲学史  17. プロティノス

哲学
02 /26 2020
17. プロティノス

Plotinus
生没年:205頃~270頃

出生地:アレクサンドリア  活動地:ローマ

キーワード
一者(ト・ヘン)


哲学史的意義
新プラトン学派の創始者


活動内容
・プラトンのイデア論を受け継ぎつつ、その二元論を克服しようとした。

・万物の原理は「一者(ト・ヘン)」=「神」とし、万物は「一者」から流出した「知性(ヌース)」の働きにより生じると考えた。



備考
・アンモニオス・サッカスのもとで哲学を学ぶ。

・皇帝ゴルディアヌスのパルティア遠征に随行した。

・245年ローマに学校を開く。




参考文献
①『ソフィーの世界』 ヨースタイン・ゴルデル著 池田香代子 訳 NHK出版 1995年
②『図説・標準 哲学史』 貫成人 著 新書館 2008年
③『西洋哲学史 古代から中世へ』 熊野純彦 著 岩波新書 2006年
④『年表で読む哲学・思想小辞典』 ドミニク・フォルシェー著 菊地伸二・杉村靖彦・松田克進訳 白水社 2014年


本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ランキン

Toward 「Qさま!!」 セルフトレーニング124 復習(2020.2.3)

Toward 「Qさま‼︎」
02 /25 2020
2020.2.3 Qさま‼︎常連軍団VS新インテリ軍団
難関中学・高校・大学の入試問題から出題SP


Q1:日本最大のため池


Q2:日本三急流


Q3:冬の大三角をつくる星座


Q4:動物として国の天然記念物第一号


Q5:日本最南端の島




A1
満濃池


A2
最上川、富士川、球磨川
 

A3
こいぬ座、おおいぬ座、オリオン座


A4
アマミノクロウサギ


A5
沖ノ鳥島




本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ランキン

下の句50音順にたどる百人一首 No83 もの

百人一首
02 /24 2020
No.83(No40)
下の句
もの・やおもふとひとのとふまで
(ものや思ふと 人の問ふまで)

上の句
しの・ぶれどいろにいでにけりわがこひは
(忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は)


意味
人に知られまいとつつみ隠してきた私の恋心は、ついに隠し切れず顔色にも素振りにも出てしまったようだ。「誰かを恋しているのではないですか」と人が尋ねるほどまでに。


出典
『拾遺集』巻11恋1・622
「天暦の御時の歌合」


作者
平兼盛
生年不詳~990 平安中期の受領・歌人。
光孝天皇の玄孫。兼盛王と称していたが、950年臣籍降下し、平姓を賜う。
三十六歌仙の一人。


備考
・二句切れ

・「しのぶ」はバ行上二段活用。「人目を避ける」「思いを心に包み込む」の意。

・「ど」は逆接確定条件の助詞。

・「色」は「顔色」「素振り」の意。

・「に」は完了の助動詞の連用形。「けり」は詠嘆の助動詞の終止形。

・「わが恋は」は上二句と倒置。「もの」はここでは「恋の悩み」。

・「や」は疑問の係助詞。

・「人の問ふまで」は「色に出でにけり」にかかる連用修飾語。

・天徳歌合で、壬生忠見の「恋すてふ~」の歌とつがえられ、どちらも優劣つけがたしとされたが、村上天皇が兼盛の歌を低く口ずさまれたことから、兼盛が勝者となったと言われている。『沙石集』では、この歌合で負けた壬生忠見は食事ものどを通らなくなり亡くなったとしている。



参考書籍
『百人一首一夕話 上・下』 尾崎雅嘉著 岩波文庫
『ビジュアル版 日本の古典に親しむ② 百人一首』 大岡信著 世界文化社
『別冊太陽 百人一首への招待』 吉海直人監修 平凡社
『解説 百人一首』 橋本武著 ちくま学芸文庫
『改訂増補 古文解釈のため国文法入門』 松尾聰 著 2019年


本日もご訪問いただきありがとうございました。


備忘録・雑記ランキング

対訳『古事記伝』 8

本居宣長
02 /23 2020
36. 先ヅ彼ノ二ツの史は、書紀續記にも其事を記さるるほどにて、公の書なれば、もしおのづからに絶たらむには、しかすがにしばらくは世ヨ間にものこりて、人もしり、後ノ代にも、其名ばかりだにも遺るべきに、さらにその名をだにしらず、

訳:まず、例の二つの史書は、『日本書紀』『続日本紀』にもそのことが記されているほどで、公式の書であるから、もし自然に消滅するとしても、さすがにしばらくの間は世の中にも残り、人が知るところとなり、後世にもその書名だけでも残ってよさそうであるのに、その名前さえ知られていない。


37. 既(ハヤ)く平城(ナラ)の代にすら、知ル人もなかりしにや、

訳:すでに、奈良時代においても、そのことを知っている人はなかったのではないだろうか。


38. 萬葉集に、古ヘの事を證(アキラ)めたる註などにも、引きたるを見ず、

訳:『万葉集』で、昔のことを説明する註などにも、引用されていない。


39. 然るに此記は、潤色(カザリ)なくただありに記して、漢(カラ)の國史などの體(サマ)とは、いたく異なる物なれば、もし誤り多からむには、さしも漢籍(カラブミ)好ましし世に、はやく廃(ステ)られて、とり見る人も有ルまじく、まして後ノ代までは傳はるまじき物なるに、千年の後までも傳はり來つるを思へば、そのかみ書紀いできても、なほしかすがに公にも用ひられ、世ノ人も讀(ヨミ)つとは見えて、かの萬葉などにも、往々(ヲリヲリ)に引出けるものをや、【上ノ件の趣、すべて詳(サダカ)には知ルべきならねども、序の詞と、かの二ツの史撰ばれし跡とを考へ合せて、かくも有けむと思はるるすぢを、一わたりいへるなり、】

訳:それに対して、この『古事記』は、飾り立てたところがなくただありのままに記して、中国の国史などの体裁とはかなり異なるものであるので、もし誤った記述が多ければ、これだけ漢籍が好まれていた時代に、早い段階で捨てられ、参考にする人もありえず、まして後世にまで伝わるはずのないものであるのに、千年後までも伝わってきたことを考えるならば、その当時『日本書紀』が編纂されても、それでもなお公的にも利用され、世の中の人も読んでいたと見えて、あの『万葉集』にも時々引用されていたのではないか(上述の内容は、すべて詳細にわかっているわけではないものの、序に記された内容と、例の二つの史書が編纂された後の成り行きを考えあわせ、おそらくこういうことではないかと思われる経緯を、一通り述べたものである)


40. 又問フ、彼川嶋ノ皇子等に仰せし撰の事は、書紀に見え、和銅七年のと書紀との事も、續記に載られたるに、此ノ古事記を撰ばしめ給ひしことは、見えぬを思へば、此記は、彼ノ史どもの如き厳重(オモ)き公事にはあらで、ただ内内の小事(イササカゴト)と見え、又書紀に神代ノ巻などに、一書とて、擧げられたるが數(アマタ)ある中に、此記を取れたりとおぼしきもあれば、此記は、そのかみ如是(カカ)る記録(フミ)ども多(サハ)に有けむ中の一書と見えたり、

訳:又、次のように尋ねる人もいる。「あお川嶋皇子等に命ぜられた編纂の事は、『日本書紀』にあり、和銅七年の史書と『日本書紀』の編纂についても、『続日本紀』に記されているのに、この『古事記』を編纂するようお命じになったことは、どこにも記されていないことを考えると、『古事記』の編纂は、他の史書のような重要な公事ではなく、ただ内々に行われた小事と見え、又『日本書紀』の神代の巻などに「一書に曰く」として取り上げられた書物が数ある中に、『古事記』から採ったと思われるものもあるので、『古事記』は当時様々な記録が数多ある中の一つと見えます。



参考書籍
『本居宣長全集』第九巻 筑摩書房 1966年
『古事記注釈 第一巻』 西郷信綱 著 ちくま学芸文庫 2005年
『本居宣長『古事記伝』を読む』Ⅰ~Ⅳ 2010年
『新版古事記』 中村啓信 訳注 KADOKAWA 2014年
『改訂増補 古文解釈のため国文法入門』 松尾聰 著 2019年


参考サイト
雲の筏:http://kumoi1.web.fc2.com/CCP051.html

本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ラ

文学作品最初と最後の一文 芥川龍之介 8

最初と最後の一文
02 /22 2020
36.『蜘蛛の糸』(1918年4月16日)
最初の一文:「或日の事でございます。」
最後の一文:「極楽ももう午(ひる)に近くなつたのでございませう。」


37.『地獄変』(1918年4月)
最初の一文:「堀川の大殿様のやうな方は、これまでは固(もと)より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。」
最後の一文:「尤も小さな標(しるし)の石は、その後何十年かの雨風に曝されて、とうの昔誰の墓とも知れないやうに、苔蒸してゐるにちがひございません。」


38.『開化の殺人』(1918年6月)
最初の一文:「下に掲げるのは、最近予が本多子爵(仮名)から借覧する事を得た、故ドクトル・北畠義一郎(仮名)の遺書である。」
最後の一文:「卿等に常に忠実なる僕、北畠義一郎拝。」


39.『奉教人の死』(1918年8月12日)
最初の一文:「去んぬる頃、日本長崎の「さんた・るちや」と申す「えけれしや」(寺院)に、「ろおれんぞ」と申すこの国の少年がござつた。」
最後の一文:「もし原文の平易雅馴なる筆致にして、甚しく毀損せらるる事なからんか、予の幸甚とする所なりと云爾(しかいふ)。」


40.『るしへる』(1918年8月)
最初の一文:「破提宇子(はでうす)と云ふ天主教を弁難した書物のある事は、知つている人も少くあるまい。」
最後の一文:「咄(とつ)。」



参考書籍
『芥川龍之介全集』第1巻  筑摩全集類聚 筑摩書房 1971年


本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ラ

『夕陽妄語』を読むために 「ゼノンの逆説」

加藤周一
02 /21 2020
「ゼノンの逆説」  1994.12.21


・アキレス:ギリシャ神話の英雄。ペレウスと女神テティスの子。ホメロスの叙事詩『イリアス』の主人公。トロイア戦争に参加、敵の総大将ヘクトルを討った。不死身であったが、唯一の弱点のかかとをパリスに矢で射られて死ぬ。

・エレアのゼノン(前490頃~前430頃): ギリシャのエレア学派の哲学者。パルメニデスの弟子。ゼノンの逆説で有名。

・パルメニデス(Parmenidēs 前515頃~前445頃):古代ギリシャの哲学者。エレア学派の祖。真に「有るもの」のみがあり、「有らぬもの」はないとの原理に立って,唯一不変の存在者のみを実在と認め、一切の変化を仮象と見なした。

・エレア学派:前6世紀後半から前5世紀前半にかけて、南イタリアのエレアに興った古代ギリシャ哲学の一派。運動変化を否定して一元論を説いた。パルメニデス、ゼノンらが有名。

・ポール・ヴァレリー(Paul Valéry 1871~1945):フランスの詩人、批評家。マラルメに師事し、純粋詩の理論を確立。1894年から『カイエ』と呼ばれる公表を前提としない膨大な量の思索の記録をつづり始める。

・「海辺の墓地」:フランスの詩人ポール・ヴァレリーの作品。南フランスに原題(Le Cimetière Marin)と同名の墓地があり、ヴァレリー自身の墓もここにある。詩中の一節(Le vent se lève, il faut tenter de vivre)が堀辰雄の小説『風立ちぬ』の題辞として使われている。

・鈴木信太郎(1895〜1970):日本のフランス文学者。マラルメを中心としてボードレールからバレリーに至る象徴詩の研究に先鞭をつけ、辰野隆とともに日本のフランス文学研究の草分け的存在。

・エンゲルス(Friedrich Engels 1820~1895):ドイツの思想家、革命家。マルクスと科学的社会主義を創始。『共産党宣言』をマルクスと共同で執筆。マルクス死後はその遺稿を整理して「資本論」の第2・第3巻を刊行。

・自然弁証法:自然の運動・発展を自然そのものにおける弁証法的過程としてとらえようとする立場。19世紀の自然科学の発達を背景に、マルクスとエンゲルスが提唱。自然は、量と質との相互転化、対立物の相互浸透、否定の否定という法則に従って運動・発展すると説いた。 史的唯物論は人間事象への自然弁証法の適用と考えられる。



参考書籍
日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社
デジタル大辞泉 小学館
ブリタニカ国際大百科事典 ブリタニカ・ジャパン
精選版 日本国語大辞典


本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ランキン

仏像学習 104. 国宝仏像各論71 十二神将立像(新薬師寺)

仏像
02 /20 2020
仏像学習 104. 国宝仏像各論71 十二神将立像(新薬師寺)


所在:本堂 

指定:1953年

制作年:8世紀

制作法:塑像

像高:
伐折羅大将 153.6cm   
迷企羅大将 162.9cm  
安底羅大将 161.8cm
頞儞羅大将 154.2cm
珊底羅大将 167.6cm
因陀羅大将 159.5cm
波夷羅大将 155.2cm
摩虎羅大将 170.1cm
真達羅大将 165.5cm
招杜羅大将 165.1cm
毘羯羅大将 162.1cm


像容
・二体ずつを一組として、同種の服装や姿勢を反復あるいは反転させて、対応させた造形をとる。
迷企羅大将と波夷羅大将、因陀羅大将と真達羅大将、頞儞羅大将と伐折羅大将、摩虎羅大将と珊底羅大将、毘羯羅大将と安底羅大将

伐折羅大将:左手を腰にあて、右手に鉾を持つ   
迷企羅大将:左手は垂下して拳を開き、右手に剣を持つ  
安底羅大将:左手に腰を当て、右手に鉾を持つ
頞儞羅大将:両手に矢を持つ
珊底羅大将:左手に剣を持ち、右手は掌を開いて腰にあてる
因陀羅大将:左手を上げ、右手を腰にあてる
波夷羅大将:左手を腰にあて、右手に鉾を持つ
摩虎羅大将:左手を腰にあて、右手に斧を持つ
真達羅大将:左手に宝棒、右手に宝珠を持つ
招杜羅大将:左手を腹に当て、右手に剣を持つ
毘羯羅大将:左手を腰にあて、右手に三鈷杵を持つ



備考
・1854年の地震による倒壊で宮毘羅大将が失われる。

・没骨描法による彩色文様。



新薬師寺ホームページ
http://www.shinyakushiji.or.jp/junisinsho/



参考書籍
週刊朝日百科 日本の国宝058 1998年


本日もご訪問いただきありがとうございました。



備忘録・雑記ランキン

Radiology2003

本日もご訪問いただきありがとうございます。
日々の生活の中で感じたこと・調べたことを備忘録として残しています。