漱石・読んだふり 『吾輩は猫である』 各論⑨ 九
時期
明治38年
「八」の一週間後
登場人物(登場順)
・吾輩
・主人(苦沙味)
・御三
・迷亭
・迷亭の静岡の伯父
・理野陶然(迷亭の話の中)
・立町老梅(天道公平)(迷亭の話の中)
・警視庁刑事巡査吉田虎蔵
・泥棒
ストーリー
・主人の痘痕面について。
・主人が鏡で自分の顔を見ている様子の描写。
・3通の郵便物の内容(華族・縫田針作・天道公平)
・迷亭が静岡の伯父を連れて主人宅を訪れる。
・迷亭・静岡の伯父・主人との会話(甲割、名目読み)
・迷亭と主人との会話(八木独仙、理野陶然、立町老梅)
・巡査が逮捕した泥棒を連れて訪れる。
・主人の考え事(自分が気狂になっているのではないか)。
言及される歴史上の人物・事項
・浅田宗伯
「主人の小供のときに牛込の山伏町に浅田宗伯という漢方の名医があったが、この老人が病家を見舞うときには必ずかごに乗ってそろりそろりと参られたそうだ。」p330
・エピクテタス
「エピクテタスなどを鵜呑みにして学者ぶるよりも遥かにましだと思う」p338
・親鸞、日蓮
「海鼠を食えるものは親鸞の再来にして、河豚を喫せるものは日蓮の分身なり。」p343
・『道徳経』、『易経』、『臨済録』
「だから主人がこの文章を尊敬する唯一の理由は、道家で『道徳経』を尊敬し、儒家で『易経』を尊敬し、禅家で『臨済録』を尊敬すると一般で全く分らんからである。」p345
・楠正成
「楠正成時代から用いたようで……」p351
・孟子、卲康節、中峯和尚
「孟子は求放心といわれた位だ。卲康節は必要放と説いた事もある。また仏家では中峯和尚というのが具不退転という事を教えている。」p352
・沢菴禅師」
「御前は沢菴禅師の『不動智神妙録』というものを読んだ事があるかい」p352
語句・表現
・万古不磨:いつまでも消えることなく残ること。
・孤城落日:周囲を敵に囲まれて援軍のいない城と、西に傾いていく夕日。転じて、隆盛をきわめた昔の勢いがなくなり、ただ零落の一途をたどるだけの状態をたとえていう。
・植え疱瘡:種痘の俗称。
・メリンス:メリノ種の羊毛で織った薄く柔らかい毛織物。モスリン。唐縮緬
・離魂病:夢遊病
・穴守稲荷:1804年羽田沖の干拓地の堤防が海が荒れて決壊し、水田は海水による甚大な被害を受けた。村民が天下泰平を祈願し、堤防の上に祠を勧請し稲荷大神を祀ったのが穴守稲荷神社の起こりとされている。堤防に開いた穴の害から人々を守るという神徳にちなむ。
・見性(けんしょう)自覚:自身の生まれつき持っている性質を悟ること。
・蠧紙堆裏(としたいり):高く積み上げられた古い書物の中のこと。
・妍醜:美しいことと醜いこと。
・八分体(はっぷんたい):漢字の書体の一つ。秦代にできた隷書のうち、前漢の後半期に起ったもので、線が波形で筆端をはねる「波磔 (はたく) 」をもつ書体。
・陌上の塵:路上の塵や砂ぼこり。転じて、飛び散って定めないことのたとえ。
・滄桑の変:「滄海」と「桑田」、つまり大海原と桑畑。青い海だった所が桑畑になるほどに世の中の移り変わりの激しさをいった言葉。
・蓮生坊:鎌倉初期の武将、熊谷直実の出家後の号。
・具不退転:後ろを振り返らずに、物事をやり通すという気持ちをもつこと。
・名目読み:漢字の、習慣などによる特別な読み方。
・石火(せっか)の機:火打ち石を打って出す火。きわめてわずかの時間、はかないこと、すばやい動作などのたとえに用いる。『不動智神妙録』に出てくる表現。
・拱手(きょうしゅ):中国の敬礼で、両手の指を胸の前で組み合わせておじぎをすること。
・カイゼル:ドイツ皇帝の称号。ローマのカエサルに由来。日本ではウィルヘルム2世を指すことが多い。その独特の口髭が「カイゼル髭」と呼ばれた。
読みづらい漢字
・溷濁(こんだく)
・撓(た)めて
・蚯蚓(みみず)
・白雨(ゆうだち)
・擅まま(ほしい・まま)
今日にも通用する内容
・「自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊とく見える事はない。この自覚性馬鹿の前にはあらゆるえらがり屋が悉く頭を下げて恐れ入らねばならぬ。」p338
・「およそ天地の間にわからんものはたくさんあるが意味をつけてつかないものは一つもない。どんなむずかしい文章でも解釈しようとすれば容易に解釈の出来るものだ。人間は馬鹿であるといおうが、人間は利口であるといおうが手もなくわかる事だ。それどころではない。人間は犬であるといっても豚であるといっても別に苦しむほどの命題ではない。山は低いといっても構わん、宇宙は狭いといっても差し支はない。烏が白くてこまちが醜婦で苦沙弥先生が君子でも通らん事はない。」p344
・「主人は何に寄らずわからぬものをありがたがる癖を有している。これはあながち主人に限った事でもなかろう。分からぬ所には馬鹿に出来ないものが潜伏して、測るべからざる辺には何だか気高い心持が起るものだ。それだから俗人はわからぬ事をわかったように吹聴するにもかかわらず、学者はわかった事をわからぬように講釈する。大学の講義でもわからん事を喋舌る人は評判がよくってわかる事を説明する者は人望がないのでもよく知れる。」p345
・「一体禅とか仏とかいって騒ぎ立てる連中ほどあやしいのはないぜ」p358
・「迷亭から見ると主人の価値は強情を張っただけ下落したつもりであるが、主人からいうと強情を張っただけ迷亭よりえらくなったのである。世の中にはこんな頓珍漢な事はままある。強情さえ張り通せば勝った気でいるうちに、当人の人物としての相場は遥かに下落してしまう。不思議な事に頑固の本人は死ぬまで自分は面目を施こしたつもりかなにかで、その時以後人が軽蔑して相手にしてくれないのだとは夢にも悟り得ない。幸福なものである。」p367
・「ことによると社会はみんな気狂の寄り合かも知れない。気狂が集合して鎬を削ってつかみ合い、いがみ合い、罵り合い、奪い合って、その全体が団体として細胞のように崩れたり、持ち上ったり、崩れたりして暮らして行くのを社会というのではないかしらん。その中で多少理窟がわかって、分別のある奴はかえって邪魔になるから、瘋癲院というものを作って、ここへ押し込めて出られないようにするのではないかしらん。すると瘋癲院に幽閉されているものは普通の人で、院外にあばれているものはかえって気狂である。気狂も孤立している間はどこまでも気狂にされてしまうが、団体となって勢力が出ると、健全の人間になってしまうのかも知れない。大きな気狂が金力や威力を濫用して多くの小気狂を使役して乱暴を働いて、人から立派な男だといわれている例は少なくない。」p371
面白い表現、言い換えを畳み込む表現
・「鏡は己惚の醸造器である如く、同時に自慢の消毒器である。」p338
参考図書
『漱石全集』第一巻、第二巻 岩波書店 1978年
『吾輩は猫である』 岩波文庫
『漱石大全』Kindle版 第3版 古典教養文庫
『カラー版新国語便覧』 第一学習者 1990年
『漱石とその時代』1~3 江藤淳 著 新潮選書
『決定版 夏目漱石』 江藤淳 著 新潮文庫
『夏目漱石を読む』 吉本隆明 著 ちくま文庫
『特講 漱石の美術世界』 古田亮 著 岩波現代全書
日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社
デジタル大辞泉 小学館
ブリタニカ国際大百科事典 ブリタニカ・ジャパン
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