FC2ブログ

佐川急便の怪

消費者の視点
07 /31 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

佐川急便よりショートメールに連絡がありました。

「お客様宛にお荷物のお届けにあがりましたが不在の為持ち帰りました。下記よりご連絡ください。」

しかし、不審な点がいくつかあります。

「下記」の部分をタップしてもメッセージが開けません。

発信元の電話番号(090 2340 3030)にかけても、かかると即座に切れてしまいます。

メールの着信時間は0:26です。

しかも、前日は終日家にいましたし、通常ポストに入れてあるべき不在通知書も入っていません。

以上のことを考え合わせると、

①配送先の電話番号を間違えた

②配達者が何らかの理由で配送したくなくて、あたかも配送に行ったかのようにメールだけした

のどちらかだろうという結論に達しました。

①の可能性が高いとは思いますが、荷物を地面に叩きつけることもあっただけに、②も否定はできません。


スポンサーサイト



巡回健診診察マニュアル 31 たまに出会う現病歴・既往歴 AIP

医療
07 /30 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

自己免疫性膵炎 AIP(Autoimmune Pancreatitis )

1.概念
自己免疫機序が関与していると考えられる慢性に経過する膵炎。
びまん性の膵腫大や膵管狭細像を示す症例が中心。
高γグロブリン血症、高IgG血症や自己抗体の存在、ステロイド治療が有効など、自己免疫機序の関与を示唆する所見を伴う膵炎。
シェーグレン症候群などの自己免疫疾患を合併している症例もみられる。
中高年(60歳代)の男性に多く認められる。
血清IgG4高値が多いことが報告され、IgG4関連疾患の一つとして扱われるようになってきた。

2.原因
詳細不明。


3.症状
下部胆管狭窄に伴う閉塞性黄疸、上腹部不快感。
糖尿病の発症や悪化がきっかけとなり診断される事もある。


4.治療
ステロイドが第一選択。


5.予後
多くの例でステロイド治療が奏功する。ただ減量、中断によって多くの例(約半数)で再発が見られる。完全治癒は期待しがたい。




難病情報センター
http://www.nanbyou.or.jp/entry/4505
日本膵臓学会
http://www.suizou.org/hp-old/jikomeneki-suien.html

Toward 「Qさま!!」 セルフトレーニング57 復習(2011.11.28)

Toward 「Qさま‼︎」
07 /29 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

2011.11.28  関ジャニ仕分け∞軍団VSQさま軍団

Q1:漢字の読み
①滸  ②妄り  ③迸る  ④𩸽  ⑤鼓豆虫  

Q2:和訳
①shallot ②burdock ③herring roe ④turnip ⑤butterbur ⑥gold leaf ⑦beanshoot ⑧daikon sprout ⑨pushchair ⑩sound truck ⑪dream boat

Q3:□に共通する漢字
①浴□・□類 ②枕□・□耳 ③煙□・□轄 ④神□・□翼 ⑤浪□・□達 ⑥足□・□呼 ⑦線□・□魚 ⑧七□・□闇

Q4:30年以上統治した指導者の名前
①スペインで軍事独裁政権36年
②江戸幕府11代将軍50年
③「雷帝」と呼ばれたロシア皇帝51年


A1
①ほとり  ②みだ・り  ③ほとばし・る  ④ほっけ  ⑤みずすまし 
 
A2
①らっきょう  ②ごぼう  ③数の子  ④かぶ  ⑤ふき ⑥金箔  ⑦もやし  ⑧かいわれ大根  ⑨乳母車  ⑩宣伝カー  ⑪恋人

A3
①衣  ②木  ③管 ④主 ⑤速 ⑥音 ⑦香 ⑧夕

A4
①フランコ ②徳川家斉 ③イワン4世

下の句50音順でたどる百人一首 No.15 いまひとたびのみ

百人一首
07 /28 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

No.15(No.26)
下の句
いまひとたびのみ・ゆきまたなむ
(今ひとたびの 行幸待たなむ)

上の句
おぐら・やまみねのもみぢばこころあらば
(小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば)

意味
小倉山の峰のもみじ葉よ、もしお前に私の望みを理解するだけの心があるのなら、もう一度帝の行幸があるはずだから、その日までどうか散らずに待っていておくれ。

出典
『拾遺集』巻17雑秋・1128

作者
貞信公(藤原忠平)
880~949。平安前・中期の公卿。
藤原基経の四男。時平・仲平の弟。
930年朱雀天皇の摂政、941年関白となった。

備考
詞書「亭子院大堰川に御幸ありて御幸もありぬべき所なりとおほせ給うにことのよし奏せんと申して 小一条太政大臣貞信公」(宇多上皇が晩秋の大堰川に御幸されて、嵯峨小倉山あたりの美しい紅葉の眺めに感嘆し、その子醍醐天皇にもこの紅葉を見せたいものだと仰せになったので、その旨天皇に奏上しましょうといって忠平が詠んだ)。
小倉山:京都市右京区嵯峨にある山。定家の山荘があった。
上皇が行う場合は「御幸」、天皇が行う場合は「行幸」。
「なむ」は未然形に接続して、他に対する希望の意の終助詞。


参考書籍
『百人一首一夕話 上・下』 尾崎雅嘉著 岩波文庫
『ビジュアル版 日本の古典に親しむ② 百人一首』 大岡信著 世界文化社
『別冊太陽 百人一首への招待』 吉海直人監修 平凡社
『解説 百人一首』 橋本武著 ちくま学芸文庫

『夕陽妄語』を読むために 「アンディ・ウォーホル回顧展」

加藤周一
07 /27 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

「アンディ・ウォーホル回顧展」 1989.4.13

・アンディ・ウォーホル(Andy Warhol 1928〜1987):アメリカのポップアートの代表的芸術家。60年代キャンベルスープの缶詰の缶やマリリン・モンロー、エルビス・プレスリーなどの人物像をフォト・シルクスクリーンで表現した。

・モンドリアン(Piet Mondrian 1872〜1944):オランダの画家。本名Pieter Cornelis M.。抽象絵画の創始者の一人で、新造形主義の主唱者。初め印象主義、のちマチスの色彩に影響を受けたが、1911年パリでキュビスムに共鳴し、「樹」の連作を始める。1918年以降長い垂直線と水平線に囲まれた三原色の色面による独自の画風を確立したあと再びパリに出て、20年代には正方形の画面の中に大きな正方形を中心に配した画面分割の画風を、さらに30年代には色面よりも垂直、水平の直線に重点を置いた画面分割の画風を展開させる。代表作『赤、黄、青のコンポジション』(1921)、『二つの線のコンポジション』(1931)、『ブロードウェー・ブギ・ウギ』(1942~43)など。

・レンブラント(Rembrandt Harmenszoon van Rijn 1606~1669):ネーデルラント連邦共和国(現在オランダ)の画家で、バロック期を代表する画家の一人。大画面と、光と影の明暗を明確にする技法を得意とした。代表作『トゥルプ博士の解剖学講義』、『夜警』など。

・マリリン・モンロウ(Marilyn Monroe 1926〜1962):アメリカの映画女優。主演作『ナイアガラ』(1953)公開に際し、腰を振って歩く「モンロー・ウォーク」を中心に派手な宣伝が展開され、世界のセックス・シンボルに祭り上げられた。代表作『紳士は金髪がお好き』『百万長者と結婚する方法』(1953)、『帰らざる河』(1954)、『七年目の浮気』(1955)、『お熱いのがお好き』(1959)など。

・ゴーギャン(Paul Gauguin 1848〜1903):フランスのポスト印象派の画家。印象主義的画風から出発し、浮世絵、ロマネスク彫刻、民俗工芸など多角的な影響のもとに、新しい画風を形成し、その象徴主義的テーマ、装飾的な画面構成、主観性の強い色彩などの点で、ナビ派などに直接影響を及ぼしたのみならず、現代絵画にも多くの啓示を与えた。晩年はタヒチに住み、現地の人々を描いた。代表作『タヒチの女(浜辺にて)』(1891)、『ナヴェ・ナヴェ・モエ』(1894)など。

・タヒチ:南太平洋、フランス領ポリネシアの主島。ソシエテ諸島にある火山島で、面積約1040平方キロメートル。中心都市はパペーテ。住民はポリネシア系で、19世紀以来フランス領。ゴーギャンが多くの絵画を描いた所としても知られる。

・デカルト(René Descartes 1596~1650):フランスの哲学者・数学者。近世哲学の父とされる。方法的懐疑によってすべてを疑うが、疑っている自己の存在を真理と認め、「我思う、故に我あり」の命題によって哲学の第一原理を確立。さらに、この思惟する実体と延長を本質とする物体を、相互に独立とする物心二元論を展開した。また、解析幾何学の創始者でもある。主著『方法序説』、『省察』、『哲学原理』など。

・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg 1925~2008):米国の美術家。ネオダダの代表者の一人。抽象表現主義風の絵画とオブジェを合体させたコンバインペインティングで、大きな注目を浴びた。また、写真をもとにしたシルクスクリーンの作品などを制作、のちのポップアート隆盛に大きな役割を果たした。

・コラージュ:現代絵画の技法の1つで、フランス語の「糊付け」を意味する言葉。絵画におけるコラージュはキュビスム時代にパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラックらが始めたパピエ・コレに端を発するといわれている。新聞の切り抜き、壁紙、書類、雑多な物体などを組み合わせることで、造形作品を構成する芸術的な創作技法。

・リクテンステイン(Roy Lichtenstein 1923~1977):アメリカの画家。アンディ・ウォホールらとともにポップアートの代表的な画家。新聞連載の通俗な漫画の1コマを、印刷インクのドットまで含めてキャンヴァスに拡大して描いた作品群で有名。漫画の持つ単純だが強烈な線、単純化された色彩などの表現力を油彩で表現している。代表作『ヘアリボンの少女』、『Look Mickey』

・シルクスクリーン:孔版画の技法の一種。インクが通過する穴とインクが通過しないところを作ることで版画の版を製版し、印刷する技法。

・ジャッキー・ケネディ(Jacqueline Lee Bouvier Kennedy Onassis 1929~1994):第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの夫人。夫暗殺の後1968年ギリシャの大富豪アリストテレス・オナシスと再婚。

・毛沢東(1893~1976):中華人民共和国の政治家。中国共産党の創立党員の1人で、日中戦争を経て党内の指導権を獲得し、1945年より中国共産党中央委員会主席と中央軍事委員会主席を務めた。 日中戦争後の国共内戦では蒋介石率いる中華民国を台湾に追放し、中国大陸に中華人民共和国を建国した。以後、死去するまで同国の最高指導者の地位にあった。

・エルヴィス・プレスリ(Elvis Aron Presley 1935~1977):アメリカの歌手、映画俳優。カントリー調、ブルース調など多彩なロックンロールを甘い美声で時に激しく歌い、ロックの王様と呼ばれた。主なヒット曲「ラブ・ミー・テンダー」「ハートブレーク・ホテル」など。

・ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock 1912~1956):アメリカの画家。抽象表現主義(ニューヨーク派)の代表的画家。床に置かれたキャンバスに絵の具を滴らせて画面を構成する手法はアクション・ペインティングと呼ばれた。


参考書籍
日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社
デジタル大辞泉 小学館

仏像学習㉞  国宝仏像各論1 

仏像
07 /26 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

仏像学習㉞  国宝仏像各論1 釈迦如来及び両脇侍像(法隆寺金堂)


通称:釈迦三尊像

作:止利

制作年:623年

制作法:蠟型による青銅製の鋳造からなり、鍍金で仕上げられる。

形式:方形の須弥座の上に蓮弁形の大光背を背にした一光三尊

像高:中尊87.5cm  左脇侍92.3cm  右脇侍93.9cm


中尊

印相:右は施無畏印、左は与願印

杏仁形の眼、アルカイックスマイル、面長な顔立ち、肉髻はやや高い。

懸裳や着衣のスタイルは中国の6世紀前半に確立したものをほぼ継承。

光背:頭光は単弁形の十枚の花びらがある蓮華文を中心に複数の文様帯で構成される。身光は蓮池から生え出る蓮の花と葉を表す。周縁部にはC字やS字形からなる渦状の火焔文と七体の化仏を置く。


脇侍

左脇侍:薬王菩薩  右脇侍:薬上菩薩  (左右対称ではなく同形)

宝冠から台座の蓮肉部まで前半面のみを表す。

身体の大きさに比べて頭部が大きい。

小粒の宝珠をつまむ。

光背:複弁形の花びら八枚の蓮華を中心に、波状唐草文帯と周縁の火焔文で構成される。



法隆寺
http://www.horyuji.or.jp/garan/kondo/detail/#kondodetail01


参考書籍
週刊朝日百科 日本の国宝001

Toward 「Qさま!!」 セルフトレーニング 57 復習(2011.11.7)

Toward 「Qさま‼︎」
07 /25 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

2011.11.7  ヤングインテリ美女軍団VSアダルトインテリ美女軍団

Q1:漢字の読み
①劣しい  ②頭熟し  ③祷る  ④牽牛花  ⑤嚇る  ⑥遖  ⑦吩ける  ⑧遜る

Q2:和訳
①hourglass ②yellow jacket ③frostbite ④More is not always better. ⑤Without knouledge, without sin.

Q3:○or✕
①淡路島は佐渡島より大きい
②人口50万人以下の県はない
③本州には30以上の県がある



A1
①いや・しい  ②あたまごな・し  ③いの・る  ④あさがお  ⑤いか・る  ⑥あっぱれ  ⑦いいつ・ける  ⑧へりくだ・る

A2
①砂時計  ②スズメバチ  ③しもやけ  ④過ぎたるは及ばざるが如し  ⑤知らぬが仏

A3
①✕  ②○  ③○

下の句50音順でたどる百人一首 No.14 いまひとたびのあ

百人一首
07 /24 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

No.14(No.56)
下の句
いまひとたびのあ・ふこともがな
(今ひとたびの 逢ふこともがな)

上の句
あらざ・らむこのよのほかのおもひでに
(あらざらむ この世のほかの 思ひ出に)

意味
私はまもなく死んでこの世を去るかもしれません。あの世に行ってからの思い出に、もう一度あなたにお逢いしたいものです。

出典
『後拾遺集』巻13恋3・763

作者
和泉式部
生没年不詳。平安中期の歌人。
和泉守橘道貞と結婚したが、為尊(ためたか)親王と関係を持ち、離婚。
為尊親王が亡くなると、その弟の敦道(あつみち)親王と恋愛関係になる。
のちに藤原保昌(やすまさ)の妻となる。
小式部内侍の母。

備考
「あらざらむ」(私が死んでいなくなってしまうだろうところの)は「この世のほか」にかかる。
この歌が本歌と思われる歌
 「いかで我この世のほかの思ひ出に風をいとはで花をながめん」西行
 「心もてこの世のほかを遠しとて岩屋の奥の雪を見ぬかな」定家



参考書籍
『百人一首一夕話 上・下』 尾崎雅嘉著 岩波文庫
『ビジュアル版 日本の古典に親しむ② 百人一首』 大岡信著 世界文化社
『別冊太陽 百人一首への招待』 吉海直人監修 平凡社
『解説 百人一首』 橋本武著 ちくま学芸文庫

今日の日に寄せて 7月23日

今日の日
07 /23 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

7月23日 大暑 

二十四節気の一つで、第12。

定気法では太陽黄経が120度のときで小暑ののち約15日目、新暦で7月23日頃。

恒気法では冬至から7/12年(約213.06日)後で7月23日頃。

快晴が続き、気温が上がり続けるころ。

一年中でもっとも気温の高い季節。

梅雨明けの時季で、夏の土用もこの頃。

『暦便覧』には「暑気いたりつまりたるゆえんなればなり」と記されている。

アブラゼミが鳴き、トンボが飛び交い、サルスベリ、ナデシコなどの夏の花が盛りの季節。


参考サイト
日本の行事・暦:http://koyomigyouji.com/24-tai.htm

参考書籍
日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社


『夕陽妄語』を読むために 「文学の役割」

加藤周一
07 /22 2018
本日もご訪問いただきありがとうございます。

「文学の役割」 1989.3.16.

・パスカル(Blaise Pascal 1623〜1662):フランスの数学者、物理学者、哲学者。死後出版された『パンセ』で知られる。初版は、『宗教その他若干の主題についてのパスカル氏の思想』という題で1670年に出された。この書の基本的骨組みは、第一に偉大と悲惨の弁証法が語られ、第二にこれを解決するために哲学の無力が明らかにされ、第三にイエスの愛による解決の方向が指示される、という構成になっている。人間は広大無辺な宇宙に比べるならば、ほとんど一つの点に等しい。1本の葦のように弱い存在である。だが、それは「考える葦」である。「空間によって宇宙は私を包み、一つの点として私を飲み込む。だが、思考によって私は宇宙を包む」。ここに人間の尊厳がある。人間は偉大であると同時に悲惨であり、自分の悲惨を知るゆえに偉大である。哲学者はこの二律背反をけっして解決してはいない。人間によっては解決できないこの矛盾は、神の偉大さと人間の悲惨を一身に体現したイエス・キリストによって初めて解決される、と説く。12歳でユークリッド幾何学の定理32までを独力で考えだし、16歳のとき『円錐(えんすい)曲線試論』を書き、世を驚嘆させた。「パスカルの原理」を発見。

・護教論:キリスト教神学の一部門。異教徒からの非難・攻撃に対し、キリスト教の真理を弁護・弁証する論。弁証論。

・サン・シモン(Louis de Rouvroy, duc de Saint-Simon 1675〜1755):フランスの作家、政治家。主著『回想録』は1694年から1752年にかけて書き続けられたもので(ただし公刊は死後)、ルイ14世の治世の末年と摂政時代(1694~1723)とについての貴重な証言とされ、宮中での式典や逸話の詳述、国王をはじめとする人物の肖像が表現され、モラリスト文学として不朽の価値をもつといわれている。

・『ローマ帝国衰亡史』(1776〜1788):イギリスの歴史家エドワード・ギボンの手になる古典的歴史書であるが、単なる歴史書ではなく、啓蒙時代のイギリス文学の白眉と目される。五賢帝時代(96年より180年)における古代ローマ帝国の最盛期から始まり、ローマ帝国の東西分裂、ユスティニアヌス1世によるローマ帝国再興の試み、勃興するイスラーム勢力との抗争、十字軍などを描き、オスマン帝国によるコンスタンティノープル陥落(1453年)によって東ローマ帝国が滅亡するまでを記している。ローマ衰退の原因を、その文化的・道義的退廃、清新なゲルマン人の進出に帰すだけでなく、隷従的宗教たるキリスト教の発展がローマ的価値を貶めたことを一因としており、ギボンの時代キリスト教会の反感を招いた。

・『ジョンソン伝』:イギリスの弁護士ボズウェルが書いたサミュエル・ジョンソンに関する伝記。1763年5月16日サミュエル・ジョンソン博士と会いその人格にひかれ、機会あるごとに博士の言動を細かく観察し、会話を記録、手紙を集め、ときには巧みに作為を加え、豊富な資料を駆使して博士の人物像を描く。

・『三酔人経綸問答』:中江兆民が書いた政治評論書。1887年刊。徹底した西洋近代思想を説く洋学紳士と、膨張主義的国権思想を唱える豪傑君が、現実主義的民権論者の南海先生宅を訪れ、酒を酌み交わしながら日本の進むべき道を論じる形式をとる。兆民の実際上の選択は南海先生の線にそうものであったが、紳士君の論を「将来の祥瑞」、豪傑君の論を「過去の奇観」と規定するその現実主義的選択には、前者が帝国主義化しはじめた西欧で時代遅れの理想とされ、後者が列強をめざす日本の将来像になろうとしていた時代の趨勢自体への鋭い対立と批判が含まれていた。

・『文明論の概略』:福沢諭吉が書いた文明論。1875年刊。日本文明を歴史的に反省して、その停滞性は権力偏重にあると批判し、それを克服して自由な交流・競合を図るなかに文明は発達すると指摘、文明を野蛮・未開・文明の発達段階論でとらえた史観を提示するとともに、さしあたっては西洋文明を目的にすべきだと説きつつも、西洋文明もまた発達途次のものであるとした。

・『明治文学全集』:http://www.chikumashobo.co.jp/special/meijibungaku/

・『百一新論』:明治時代の啓蒙思想家西周が私塾で行った講義を基にして出版したもの(1874)。

・『善の研究』:哲学者西田幾多郎最初の体系的著述。 観念論と唯物論の対立などの哲学上の根本問題の解決を純粋経験に求め、主客合一などを説いて、知識・道徳・宗教の一切を基礎づけようとした。当時の哲学徒をして、明治以後の日本人の手になる最初の独創的な哲学の書と称賛せしめた。

・『柳橋新誌』:成島柳北の漢文随筆。の随筆集。初編と二編は 1874年刊、三編は 76年に成ったが発行停止で散逸した。初編は幕末、二編は明治初年の東京柳橋の花街風俗をつづっている。

・『東洋の理想』:明治・大正の美術運動の指導者岡倉天心の著作。英文で書かれ、原題はThe Ideals of the East with Special Reference to the Art of Japan。1903年刊。冒頭の文章“Asia is One.”(アジアは一つである)は有名。インドの仏教、中国の儒教や道教に代表されるアジアの思想を紹介し、西洋の思想に対するその優位を説き、アジアの理想が日本の芸術のなかにいかに結晶しているかを、歴史の流れに従って述べている。

・森有礼(1847―1889):明治前半期の啓蒙思想家、外交官、教育行政家。初代文部大臣。明六社を設け、男女同権を論じて世論を導く一方、商法講習所(のちの一橋大学)を興して商業教育の端緒を開くなど幅広い啓蒙活動を展開した。1885年内閣制度の成立とともに第一次伊藤内閣の文相となった。1886年には帝国大学令など一連の学校令を公布して学校体系の整備を図り、とくに人材育成のため師範教育を重視した。

・植木枝盛(1857―1892):明治前期の思想家、自由民権論者。1874年板垣退助の演説を聞いて政治に志し翌年上京、明六社の演説会などで啓蒙思想に接した。1877年帰郷して立志社に加入し、立志社建白書の草稿を起草。1880年には愛国社の機関誌『愛国志林』の編集、国会期成同盟や第一次自由党(自由党準備会ともいわれる)に参加、1881年には私擬憲法中もっとも民主主義に徹底した「日本国国憲按」を起草し、さらに自由党結成に参画した。主著『民権自由論』、『天賦人権弁』、『東洋之婦女』など。

・田口鼎軒(田口卯吉1855―1905):明治期の経済学者、史論家、法学博士。最初医学を志したが,大蔵省翻訳局上等生徒となり,英語,経済学を修め、『日本開化小史』(1877-82)や『自由貿易日本経済論』(1878)を著す。『群書類従』『続群書類従』の出版に努め、さらに日本史研究の基本史料として『国史大系』『続国史大系』を編纂・刊行し、歴史研究の先駆、啓蒙的史論の中心となった。

・『日本開化小史』:田口卯吉が著した啓蒙主義的文明史論に基づく日本通史。1877年9月から82年10月までに和装六冊本として刊行。バックルやギゾーらのヨーロッパ文明史論、福沢輸吉の文明論の影響下に、新井白石の『読史余論』などの論述を継承して、神代から徳川期の治世までの日本史の展開を13章にまとめている。「貨財」(経済)を歴史の原動力として、政治、経済、文学、宗教などの各分野を総合的に考究した初めての史書。

・原勝郎(1871-1924):歴史学者。西洋史の研究を通じて日本にも西洋史の中世と同じようなものがあったことを指摘し、鎌倉~戦国時代をはじめて「日本中世」と区分し、文化の地方拡伸を通じて武士階級を新文明の担い手と意義づけるなど、同期の研究を開拓した。1906年『日本中世史』を刊行。

・漱石(夏目漱石 1867〜1916):明治・大正期の小説家・英文学者。英国留学後、教職を辞して朝日新聞の専属作家となった。自然主義に対立し、心理的手法で近代人の孤独やエゴイズムを追求、晩年は「則天去私」の境地を求めた。日本近代文学の代表的作家。主な著作「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「三四郎」「それから」「行人」「こころ」「道草」「明暗」など。

・円朝(三遊亭円朝 1839~1900):幕末から明治の落語家。人情噺を大道具・鳴り物入りで演じて人気を博したが、のち素噺に転向。近代落語の祖。代表作「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」「怪談牡丹灯籠」「塩原多助一代記」など。

・露伴(幸田露伴 1867~1947):小説家・随筆家・考証家。1889「露団々」「風流仏」で名声を確立。尾崎紅葉と並ぶ作家となった。のち考証・史伝・随筆に新境地を開いた。第1回文化勲章受章。主な著作は、小説「五重塔」「風流微塵蔵」「運命」「連環記」、評釈「芭蕉七部集」など。

・内村鑑三(1861~1930):無教会派キリスト教伝道者・評論家。一高教授のとき、教育勅語に対する敬礼を拒否して免職となる。日露戦争に際し、非戦論を唱えた。雑誌「聖書之研究」創刊。主な著作は「余は如何にして基督信徒となりし乎」「基督信徒の慰」「求安録」など。

・『当世書生気質』:坪内逍遥の小説。1885年6月~86年1月、全17冊で刊行。角書に「一読三嘆」と冠する。書生小町田燦爾と芸妓田の次との恋愛を描いた人情本風の物語に東京の書生たちの風俗をスケッチした滑稽本風の挿話がからむ。『小説神髄』の模写理論を踏まえるかたちで書生の生態が描かれている。

・『浮雲』:二葉亭四迷の小説。1887年第1編、88年第2編刊、第3編は89年「都の花」に連載。学問はできるが観念的で融通の利かない官吏の内海文三、その従妹で流行に弱いお勢、学問よりも要領よく出世することを第一とする本田昇の3人の葛藤を通じて明治文明を風刺した作品。未完。

・中江兆民(1847~1901):明治時代の自由民権思想家。1871年司法省から派遣されフランスへ留学。1881年西園寺公望らと『東洋自由新聞』を創刊。1882年『民約訳解』を発表してルソーの社会契約・人民主権論を紹介し、自由民権運動に理論的影響を与えた。1887年『三酔人経綸問答』を発表。

・福沢諭吉(1834~1901):明治時代の啓蒙思想家。慶應義塾の創立者。緒方洪庵に学ぶ。欧米巡歴3回。明六社創立に参加。1879年に『国会論』を著し、民権運動に影響を与える。のち「脱亜入欧」を主張して、国権論に傾く。主著『学問のすすめ』(1872~76)、『文明論之概略』(1875)、『福翁自伝』(1899)。

・自由民権運動:日本のブルジョア民主主義革命運動。国会開設、憲法制定、地租軽減、地方自治、不平等条約撤廃という五大要求を掲げ、明治政府が意図する絶対主義的天皇制国家に対し、民主主義的な立憲制国家をつくろうとした。1874年板垣退助らの民撰議院設立建白書の提出が運動の出発であり、80~81年が高揚期、84年の激化事件で解体期に入り、87年の不平等条約の不十分な改正案反対を中心とする三大事件建白運動、大同団結運動から、「民力休養」が主張される第4議会(1892)まで運動は引き継がれる。明治政府は讒謗律、新聞紙条例、出版条例改正(以上1875)、集会条例(1880)、集会条例改正追加(1882)などで運動を厳しく弾圧した。

・帝国憲法(大日本帝国憲法):1889年2月11日に発布された欽定憲法。ドイツ憲法に範をとり、伊藤博文らが起草。天皇を元首とし、国民を臣民とする主権在君憲法。1947年の日本国憲法施行により廃止。



参考書籍
日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社
デジタル大辞泉 小学館
日本史用語集 山川出版社

Radiology2003

本日もご訪問いただきありがとうございます。
日々の生活の中で感じたこと・調べたことを備忘録として残しています。