漱石・読んだふり 『三四郎』五
漱石
漱石・読んだふり 『三四郎』五
登場人物(登場順)
・よし子
・三四郎
・野々宮
・美禰子
・広田先生
・与次郎
ストーリー
・よし子の家の縁側での三四郎とよし子の話(よし子が描いている水彩について、美禰子の兄たちと広田先生の関係について、よし子が兄野々宮をどう思っているか)
・三四郎が家に帰ると美禰子から菊人形見物の誘いのはがきが届いており、翌日出かける
・三四郎、美禰子、野々宮、よし子、広田先生の五人で菊人形見物に出かける
・途中で乞食と迷子を見かけ、各人が考えを述べる
・菊人形見物で美禰子が気分が悪くなり、三四郎が休める川沿いの野原へ連れて行く
・休んでいる間の美禰子との会話で美禰子が「迷子」の英訳を「ストレイ・シープ」と言う
語句
・談柄: (僧侶などが談話の際に手にとる払子の意から) 話の種。話題。話柄。
四人の乞食に対する批評
・「広田先生が急に振り向いて三四郎に聞いた。
「君あの乞食に銭をやりましたか」
「いいえ」と三四郎があとを見ると、例の乞食は、白い額の下で両手を合わせて、相変らず大きな声を出している。
「やる気にならないわね」とよし子がすぐに言った。
「なぜ」とよし子の兄は妹を見た。たしなめるほどに強い言葉でもなかった。野々宮の顔つきはむしろ冷静である。
「ああしじゅうせっついていちゃ、せっつきばえがしないからだめですよ」と美禰子が評した。
「いえ場所が悪いからだ」と今度は広田先生が言った。「あまり人通りが多すぎるからいけない。山の上の寂しい所で、ああいう男に会ったら、だれでもやる気になるんだよ」
「その代り一日待っていても、だれも通らないかもしれない」と野々宮はくすくす笑い出した。
迷子を見た時の四人の考え
「「いまに巡査が始末をつけるにきまっているから、みんな責任をのがれるんだね」と広田先生が説明した。
「わたしのそばまで来れば交番まで送ってやるわ」とよし子が言う。
「じゃ、追っかけて行って、連れて行くがいい」と兄が注意した。
「追っかけるのはいや」
「なぜ」
「なぜって――こんなにおおぜいの人がいるんですもの。私にかぎったことはないわ」
「やっぱり責任をのがれるんだ」と広田が言う。
「やっぱり場所が悪いんだ」と野々宮が言う。男は二人で笑った。団子坂の上まで来ると、交番の前へ人が黒山のようにたかっている。迷子はとうとう巡査の手に渡ったのである。」
風景描写
・「向こうは広い畑で、畑の先が森で森の上が空になる。空の色がだんだん変ってくる。ただ単調に澄んでいたもののうちに、色が幾通りもできてきた。透き通る藍の地が消えるように次第に薄くなる。その上に白い雲が鈍く重なりかかる。重なったものが溶けて流れ出す。どこで地が尽きて、どこで雲が始まるかわからないほどにものうい上を、心持ち黄な色がふうと一面にかかっている。」
誰にもあること
・「三四郎はこういう場合になると挨拶あいさつに困る男である。咄嗟の機が過ぎて、頭が冷やかに働きだした時、過去を顧みて、ああ言えばよかった、こうすればよかったと後悔する。といって、この後悔を予期して、むりに応急の返事を、さもしぜんらしく得意に吐き散らすほどに軽薄ではなかった。だからただ黙っている。そうして黙っていることがいかにも半間であると自覚している。」
参考図書
『漱石全集』第七巻 岩波書店 1978年
日本大百科全書 小学館
世界大百科事典 平凡社
デジタル大辞泉 小学館
ブリタニカ国際大百科事典 ブリタニカ・ジャパン
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登場人物(登場順)
・よし子
・三四郎
・野々宮
・美禰子
・広田先生
・与次郎
ストーリー
・よし子の家の縁側での三四郎とよし子の話(よし子が描いている水彩について、美禰子の兄たちと広田先生の関係について、よし子が兄野々宮をどう思っているか)
・三四郎が家に帰ると美禰子から菊人形見物の誘いのはがきが届いており、翌日出かける
・三四郎、美禰子、野々宮、よし子、広田先生の五人で菊人形見物に出かける
・途中で乞食と迷子を見かけ、各人が考えを述べる
・菊人形見物で美禰子が気分が悪くなり、三四郎が休める川沿いの野原へ連れて行く
・休んでいる間の美禰子との会話で美禰子が「迷子」の英訳を「ストレイ・シープ」と言う
語句
・談柄: (僧侶などが談話の際に手にとる払子の意から) 話の種。話題。話柄。
四人の乞食に対する批評
・「広田先生が急に振り向いて三四郎に聞いた。
「君あの乞食に銭をやりましたか」
「いいえ」と三四郎があとを見ると、例の乞食は、白い額の下で両手を合わせて、相変らず大きな声を出している。
「やる気にならないわね」とよし子がすぐに言った。
「なぜ」とよし子の兄は妹を見た。たしなめるほどに強い言葉でもなかった。野々宮の顔つきはむしろ冷静である。
「ああしじゅうせっついていちゃ、せっつきばえがしないからだめですよ」と美禰子が評した。
「いえ場所が悪いからだ」と今度は広田先生が言った。「あまり人通りが多すぎるからいけない。山の上の寂しい所で、ああいう男に会ったら、だれでもやる気になるんだよ」
「その代り一日待っていても、だれも通らないかもしれない」と野々宮はくすくす笑い出した。
迷子を見た時の四人の考え
「「いまに巡査が始末をつけるにきまっているから、みんな責任をのがれるんだね」と広田先生が説明した。
「わたしのそばまで来れば交番まで送ってやるわ」とよし子が言う。
「じゃ、追っかけて行って、連れて行くがいい」と兄が注意した。
「追っかけるのはいや」
「なぜ」
「なぜって――こんなにおおぜいの人がいるんですもの。私にかぎったことはないわ」
「やっぱり責任をのがれるんだ」と広田が言う。
「やっぱり場所が悪いんだ」と野々宮が言う。男は二人で笑った。団子坂の上まで来ると、交番の前へ人が黒山のようにたかっている。迷子はとうとう巡査の手に渡ったのである。」
風景描写
・「向こうは広い畑で、畑の先が森で森の上が空になる。空の色がだんだん変ってくる。ただ単調に澄んでいたもののうちに、色が幾通りもできてきた。透き通る藍の地が消えるように次第に薄くなる。その上に白い雲が鈍く重なりかかる。重なったものが溶けて流れ出す。どこで地が尽きて、どこで雲が始まるかわからないほどにものうい上を、心持ち黄な色がふうと一面にかかっている。」
誰にもあること
・「三四郎はこういう場合になると挨拶あいさつに困る男である。咄嗟の機が過ぎて、頭が冷やかに働きだした時、過去を顧みて、ああ言えばよかった、こうすればよかったと後悔する。といって、この後悔を予期して、むりに応急の返事を、さもしぜんらしく得意に吐き散らすほどに軽薄ではなかった。だからただ黙っている。そうして黙っていることがいかにも半間であると自覚している。」
参考図書
『漱石全集』第七巻 岩波書店 1978年
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デジタル大辞泉 小学館
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